第二部 三島由紀夫の死

第二章 『絹と明察』

『只ほど高いものはない』の「ひで」が駒沢善次郎となって登場します。こっけいに英雄化されている点も同じです。

人間誰でも自己に満足している点も、そうでない点もあるでしょう。しかし、駒沢は病気のため外界から隔離されることによって、自己に満足した人間として完成するのです。彼に手出しできなくなったすべての人間を彼は許しますが、彼に付き添って看病している女だけを憎んでいます、憎むべきさしたる理由もないのに。許しに感動した読者は、その許しが感動に値するようなものでないことを、許されない一人の人間の存在により、はっきりと三島が示しているのに、見落としてしまいます。こんないい話に感動するなんて、自分はなんていい人なんだろうと、読者がうっとりしてる間に、読者を感動させた主人公の顔に泥を塗りつけて、小説の最後に三島の分身である岡野は、自己に満足するのも悪くはない、みんなそうして生きているのだ、俺もそうして生きていこう、と決心します。駒沢が、自己に満足した人間として完成したことを目の当たりにした岡野の、世界を滅ぼすことをあきらめた敗北の決心でした。ああ、三島もそうすれば良かったのに。誰でもそうしているというのに。結局彼はそうできませんでした。ある日、運命が、彼の家のガラス戸を激しく叩いたのです

小説人間欲目次 第二部第三章 『荒野より』